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“Day by day, in every way, I’m getting better and better.” 「日々に、あらゆる面で、 私は益々よくなってゆく」 クーエの有名な暗示文です。
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結局、あたしが家で汗だくになっている間に、
彼は不動産会社社長を連れ出し、捨てた場所までついていかせ、
具体的にどこにどう捨てたかを聞いてくれたらしい。

だが、
「だから、この辺に、適当に、」
とあまりに平然と答える社長に頭にきた彼は、
中年・小太り・短足・ハゲな社長に
(これは悪口ではなく客観視した表現だと理解して欲しいのだけれど)
思わずつばを吐きかけてしまったそうだ。

すると、おそらく生まれて初めてそんな仕打ちを受けたであろう社長は、
慌てふためき、そして憤慨して、
身長180m超の彼につばを吐きかけ返してきたらしい。

あたったのかな。いや、どうでもいいのだけれど、そんな事。

笑える。そしてなんて無駄なんだ。まるで子供の喧嘩じゃないか。

これだから、「あたしが、ついていかなければいけなかったのに」と、
痛むお腹をさすりながらあたしは反省していた。
今度からは絶対に感情的にならないようにしなければ。
遅いけれど、そう誓っていた。

結局それ以上、社長からは何も得られないだろうと踏んだあたし達は、
また朝から夜中まで、張り紙と聞き込みを続ける。
張り紙の数はもう500枚だか600枚だかわからない。
もうインクジェットだって何十個と換えていた。
家に帰ると、常にチラシ作りの為、
プリンターが悲鳴交じりの機械音を張り上げ続ける。
そして毎日感じる。
いない。 いないなぁ。 いないんだなぁ。

狂気に満ちたその部屋で、あたしと彼は、ただただ疲れていて、
ほとんど言葉を交わさなかった。

時折あの子の毛玉を見つけて、二人して子供のように喜ぶのだけれど、
その喜びはやがて寂しさを倍増させて、
結局二人とも黙り込んでしまっていた。

彼は疲れていたし、あたしは赤ちゃんからの不平不満で精一杯。

だが、両手で足りる量ではあるが、何度か目撃証言の電話が鳴っていた。
その度跳ね上がるほど心が躍ったのだけれど、
その約7割が、「張り紙を見て心配している、一言がんばれといいたかったのだ」という、とても優しいけれど、なんだか少し悲しい電話だった。

そんな日々が続く。

やがて、協力してくれていた住人にも、むしろあたし達にすら、
「もう、生きてはいないだろう」という空気が濃厚に流れ始める。

炎天下の中、張り紙をし、聞き込みをするのだけれど、
自分は今一体何をしているのか、わからなくなる時があった。

夜中に、名前を呼び歩き回っている時、眩暈がひどくて何度も倒れそうになった。
ああ、どうしよう、あかちゃんが怒ってる。


そんなある日、夜中12時を回った頃だった。
疲れきっていた彼も、赤ちゃんからの不満に耐えるあたしも、
何も言葉を交わさず、悲鳴を上げ続けたプリンターですら、しばしの休息を取っていた。
そんな静かな夜、電話が唐突に鳴り響く。

彼が慌てて出ると、彼の声のテンションが上がる。

どうも電話の主は高級住宅街の住人で、彼が手渡しでチラシを渡した一人だった様だ。

彼の声の調子で、あたしまでどきどきしてしまう。

だが内容は、あたしが思うよりも漠然としたものだった。

「ここ数日、聞きなれない猫の声が、夜中する時がある。そして今、猫の声がする」

確証は全く無かったが、あたし達は着の身着のままで飛び出した。

あの子が大好きだったおもちゃと、大好きだったご飯と、いろんなものを詰め込んで、飛び出した。

だが、電話を下さったお宅に付いた頃には、猫の声はどこからもしなかった。

「あれ、さっきまでは声がしたんだけれど・・・このね、中庭のあたりで・・」

そんな言葉を聴きながら、あたし達は失望にくれながら猫の名を呼び続ける。

そんなあたし達を見て、男性はこういった。

「まぁ、おあがりなさい」

こんな夜中に、得体の知れない若者二人を、何の躊躇もせず初老の男性はにっこりと誘う。

あたし達は申し訳なくてかなり戸惑うのだけれど、
「待っていれば、また来るかもしれないから」という男性の言葉に背中を押してもらい、

恐縮しながら自宅に上がらせてもらった。

高級住宅街らしい家だった。

どうも、一人暮らしのようではあったけれど。

ゴルフの練習専用の大きな離れがあって、そこから中庭が一望できる。

優しい男性はそこに椅子とテーブルをおいてくれて、

「ここで、待ってれば、来てくれるかもしれないね」
と優しく言ってくれた。

猫が来るまで居てくれていいと言ってくれたけれど、
申し訳ないので、一時間半だけ、一時間半だけ待たせてもらうと約束してあたしは待った。

彼氏は、「まだ付近に居るかもしれないから」と外を探し回っていた。

あたしは、折角の好意を無駄にすることにはなったけれど、
椅子やテーブルは使わず、
中庭に出て、あの子が好きだったご飯と、おもちゃを両手に持って、
ずーっと座り込んで名前を呼んだ。
優しく、小さい声で、ずーっと、名前を呼んでいた。

残念だけれど、時間は経過する。

一時間が経ち、残り20分しかなくなってしまった。

名前を呼ぶ。ままだよー ままだよー

経過する。

約束の時間まで10分しかない。

地べたにすわりこんでいるあたしは、意味無く泣きながら名前を呼んでいた。

こわくないよー ままだよー ままだよー ままだよー

誰も、答えないのは分かっていたけど、
この一時間半、ずっと誰かに話しかけていた。

こわくないよー ままだよー ままだよー ままだよー・・

その時だった。

中庭にとめてある男性の車の下に動くものが見えた。

心臓が跳ね上がる。

名前を呼ぶ。ままだよ!ままだよ!と話しかける。

だが、返事は残念なものだった。

「ビャー」

だみ声の、聞いたこともない、
とてもうちの子とは思えない猫の泣き声が聞こえた。

失望した。

猫は、居た。

でも、うちの子では、多分無いだろう。


それでもあたしは、失望しながらも、野良だと思われるその子に、

ねこちゃーん、ねこちゃん・・・こんばんはー、と、
ぼんやりと話しかけていた。

すると、だみ声の猫は、更にだみ声で、「ビャー」と鳴き返した。

「こんばんわー」 『ビャー』

そんな事が5分近く続いただろうか。

車の下でビャーとしか鳴かなかっただみ声の黒い影が、
唐突に、ゆっくりと、ゆっくりと、

こちらに近づいて来たのを感じた。

あたしは少し怖かった。辺りは真っ暗だ。

困惑したし、意図がわからなかったから、少しおびえた。

黒い影は更に近寄ってきた。

かまれても、引っかかれても仕方が無い、という気持ちで息を止めた。

暗がりから黒い影が近づく。徐々に、輪郭が見えてくる。

尻尾が立っていた。まるでうちの子みたい。

ふわふわしていた。まるでうちの子みたい。

そしてあたしの鼻先に、鼻先を押し当ててきた。

野良ねこ特有のにおいと、
ノルウェージャンフォレストキャット特有の緑の大きな目が見えた。
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