“Day by day, in every way, I’m getting better and better.”
「日々に、あらゆる面で、
私は益々よくなってゆく」
クーエの有名な暗示文です。
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息が止まった。
時間すら止まった気がした。
夢を見ているような、それで居て生々しいほどの現実感を感じる様な。
あたしは緊張していた。
心臓が跳ね上がる。
この子だ!この子だ!この子だ!この子だ!!!!
思った瞬間、彼女は初めて、聞きなれた高く、甘えた声で、
「ニャー・・」とか細く鳴いた。
おそらく彼女もあたしだとは半信半疑だったのではないのだろうか。
声で入念にコミュニケーションをとり、
この人間は危害を加えないのではないかという予測の元に、ゆっくりと近づいてきたのだろう。
そして、においをかいで、あたしの顔を近くで見て、やっとあたしだと気づいて、
思わずいつもの声が出たのだろう。
だがもう離れて随分経つ。
今すぐ抱き上げて抱きしめたいけれど、驚かせてはいけない。
忘れられているのかもしれないし、何よりあたし自身、
興奮していて、手も足も心臓も体中の震えがとまらない。
止まれ! 止まれあたしの全て!!!
彼女に伝わってしまっては彼女を怯えさせてしまう!
お願い、とまって!!
慎重に慎重に、優しく話しかけながら、彼女の後をゆっくりと追いながら、中庭をくるくると回る。
彼女はあたしがついてきているか振り向いて確認しては、また歩き出す。
そしてある時突然、振り向き様にあたしを見つめ、
ニャンと鳴かれた瞬間、あたしは彼女に許された気がして、初めて彼女に触れた。
彼女は軽かった。かつてないくらいやせ細り、
毛もぼさぼさで、爪もはがれていて、少しの物音で異常に怯えていた。
泣いてしまった。だめだだめだ、動揺が伝わる。
でも我慢できなかった。ぶさいくに泣いて、泣いて、泣いて、抱きしめて、抱きしめて、抱きしめた。
発見の知らせを受け彼氏が飛び込んでくる。
その物音で驚き、逃げ出そうとする彼女を鎮めるために、
彼女の好物を少しずつ指で食べさせる。
彼氏は泣いていた。
あたしも泣いていた。
あたし達の家族が帰ってきた !!!
家主はあたし達の喜び様を見て微笑んでいた。
あたしはこれ以上無いほど、少なくともあたしの覚えている以上これ異常ないほど頭を下げ、
後日きちんと挨拶をさせていただくと、本当に感謝していますと、
貧困なボキャブラリーを呪いながら、必死で感謝の気持ちを伝えた。
車に乗せ、夢なのか、長かった夢なのか、それ共今が夢なのか、と、
幸せな、信じられない気持ちで帰途へ付く。
あたしは言う。
「きっと、今地球上で一番幸せだと感じているのはあたし達だ!」
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結局、あたしが家で汗だくになっている間に、
彼は不動産会社社長を連れ出し、捨てた場所までついていかせ、
具体的にどこにどう捨てたかを聞いてくれたらしい。
だが、
「だから、この辺に、適当に、」
とあまりに平然と答える社長に頭にきた彼は、
中年・小太り・短足・ハゲな社長に
(これは悪口ではなく客観視した表現だと理解して欲しいのだけれど)
思わずつばを吐きかけてしまったそうだ。
すると、おそらく生まれて初めてそんな仕打ちを受けたであろう社長は、
慌てふためき、そして憤慨して、
身長180m超の彼につばを吐きかけ返してきたらしい。
あたったのかな。いや、どうでもいいのだけれど、そんな事。
笑える。そしてなんて無駄なんだ。まるで子供の喧嘩じゃないか。
これだから、「あたしが、ついていかなければいけなかったのに」と、
痛むお腹をさすりながらあたしは反省していた。
今度からは絶対に感情的にならないようにしなければ。
遅いけれど、そう誓っていた。
結局それ以上、社長からは何も得られないだろうと踏んだあたし達は、
また朝から夜中まで、張り紙と聞き込みを続ける。
張り紙の数はもう500枚だか600枚だかわからない。
もうインクジェットだって何十個と換えていた。
家に帰ると、常にチラシ作りの為、
プリンターが悲鳴交じりの機械音を張り上げ続ける。
そして毎日感じる。
いない。 いないなぁ。 いないんだなぁ。
狂気に満ちたその部屋で、あたしと彼は、ただただ疲れていて、
ほとんど言葉を交わさなかった。
時折あの子の毛玉を見つけて、二人して子供のように喜ぶのだけれど、
その喜びはやがて寂しさを倍増させて、
結局二人とも黙り込んでしまっていた。
彼は疲れていたし、あたしは赤ちゃんからの不平不満で精一杯。
だが、両手で足りる量ではあるが、何度か目撃証言の電話が鳴っていた。
その度跳ね上がるほど心が躍ったのだけれど、
その約7割が、「張り紙を見て心配している、一言がんばれといいたかったのだ」という、とても優しいけれど、なんだか少し悲しい電話だった。
そんな日々が続く。
やがて、協力してくれていた住人にも、むしろあたし達にすら、
「もう、生きてはいないだろう」という空気が濃厚に流れ始める。
炎天下の中、張り紙をし、聞き込みをするのだけれど、
自分は今一体何をしているのか、わからなくなる時があった。
夜中に、名前を呼び歩き回っている時、眩暈がひどくて何度も倒れそうになった。
ああ、どうしよう、あかちゃんが怒ってる。
そんなある日、夜中12時を回った頃だった。
疲れきっていた彼も、赤ちゃんからの不満に耐えるあたしも、
何も言葉を交わさず、悲鳴を上げ続けたプリンターですら、しばしの休息を取っていた。
そんな静かな夜、電話が唐突に鳴り響く。
彼が慌てて出ると、彼の声のテンションが上がる。
どうも電話の主は高級住宅街の住人で、彼が手渡しでチラシを渡した一人だった様だ。
彼の声の調子で、あたしまでどきどきしてしまう。
だが内容は、あたしが思うよりも漠然としたものだった。
「ここ数日、聞きなれない猫の声が、夜中する時がある。そして今、猫の声がする」
確証は全く無かったが、あたし達は着の身着のままで飛び出した。
あの子が大好きだったおもちゃと、大好きだったご飯と、いろんなものを詰め込んで、飛び出した。
だが、電話を下さったお宅に付いた頃には、猫の声はどこからもしなかった。
「あれ、さっきまでは声がしたんだけれど・・・このね、中庭のあたりで・・」
そんな言葉を聴きながら、あたし達は失望にくれながら猫の名を呼び続ける。
そんなあたし達を見て、男性はこういった。
「まぁ、おあがりなさい」
こんな夜中に、得体の知れない若者二人を、何の躊躇もせず初老の男性はにっこりと誘う。
あたし達は申し訳なくてかなり戸惑うのだけれど、
「待っていれば、また来るかもしれないから」という男性の言葉に背中を押してもらい、
恐縮しながら自宅に上がらせてもらった。
高級住宅街らしい家だった。
どうも、一人暮らしのようではあったけれど。
ゴルフの練習専用の大きな離れがあって、そこから中庭が一望できる。
優しい男性はそこに椅子とテーブルをおいてくれて、
「ここで、待ってれば、来てくれるかもしれないね」
と優しく言ってくれた。
猫が来るまで居てくれていいと言ってくれたけれど、
申し訳ないので、一時間半だけ、一時間半だけ待たせてもらうと約束してあたしは待った。
彼氏は、「まだ付近に居るかもしれないから」と外を探し回っていた。
あたしは、折角の好意を無駄にすることにはなったけれど、
椅子やテーブルは使わず、
中庭に出て、あの子が好きだったご飯と、おもちゃを両手に持って、
ずーっと座り込んで名前を呼んだ。
優しく、小さい声で、ずーっと、名前を呼んでいた。
残念だけれど、時間は経過する。
一時間が経ち、残り20分しかなくなってしまった。
名前を呼ぶ。ままだよー ままだよー
経過する。
約束の時間まで10分しかない。
地べたにすわりこんでいるあたしは、意味無く泣きながら名前を呼んでいた。
こわくないよー ままだよー ままだよー ままだよー
誰も、答えないのは分かっていたけど、
この一時間半、ずっと誰かに話しかけていた。
こわくないよー ままだよー ままだよー ままだよー・・
その時だった。
中庭にとめてある男性の車の下に動くものが見えた。
心臓が跳ね上がる。
名前を呼ぶ。ままだよ!ままだよ!と話しかける。
だが、返事は残念なものだった。
「ビャー」
だみ声の、聞いたこともない、
とてもうちの子とは思えない猫の泣き声が聞こえた。
失望した。
猫は、居た。
でも、うちの子では、多分無いだろう。
それでもあたしは、失望しながらも、野良だと思われるその子に、
ねこちゃーん、ねこちゃん・・・こんばんはー、と、
ぼんやりと話しかけていた。
すると、だみ声の猫は、更にだみ声で、「ビャー」と鳴き返した。
「こんばんわー」 『ビャー』
そんな事が5分近く続いただろうか。
車の下でビャーとしか鳴かなかっただみ声の黒い影が、
唐突に、ゆっくりと、ゆっくりと、
こちらに近づいて来たのを感じた。
あたしは少し怖かった。辺りは真っ暗だ。
困惑したし、意図がわからなかったから、少しおびえた。
黒い影は更に近寄ってきた。
かまれても、引っかかれても仕方が無い、という気持ちで息を止めた。
暗がりから黒い影が近づく。徐々に、輪郭が見えてくる。
尻尾が立っていた。まるでうちの子みたい。
ふわふわしていた。まるでうちの子みたい。
そしてあたしの鼻先に、鼻先を押し当ててきた。
野良ねこ特有のにおいと、
ノルウェージャンフォレストキャット特有の緑の大きな目が見えた。
彼は不動産会社社長を連れ出し、捨てた場所までついていかせ、
具体的にどこにどう捨てたかを聞いてくれたらしい。
だが、
「だから、この辺に、適当に、」
とあまりに平然と答える社長に頭にきた彼は、
中年・小太り・短足・ハゲな社長に
(これは悪口ではなく客観視した表現だと理解して欲しいのだけれど)
思わずつばを吐きかけてしまったそうだ。
すると、おそらく生まれて初めてそんな仕打ちを受けたであろう社長は、
慌てふためき、そして憤慨して、
身長180m超の彼につばを吐きかけ返してきたらしい。
あたったのかな。いや、どうでもいいのだけれど、そんな事。
笑える。そしてなんて無駄なんだ。まるで子供の喧嘩じゃないか。
これだから、「あたしが、ついていかなければいけなかったのに」と、
痛むお腹をさすりながらあたしは反省していた。
今度からは絶対に感情的にならないようにしなければ。
遅いけれど、そう誓っていた。
結局それ以上、社長からは何も得られないだろうと踏んだあたし達は、
また朝から夜中まで、張り紙と聞き込みを続ける。
張り紙の数はもう500枚だか600枚だかわからない。
もうインクジェットだって何十個と換えていた。
家に帰ると、常にチラシ作りの為、
プリンターが悲鳴交じりの機械音を張り上げ続ける。
そして毎日感じる。
いない。 いないなぁ。 いないんだなぁ。
狂気に満ちたその部屋で、あたしと彼は、ただただ疲れていて、
ほとんど言葉を交わさなかった。
時折あの子の毛玉を見つけて、二人して子供のように喜ぶのだけれど、
その喜びはやがて寂しさを倍増させて、
結局二人とも黙り込んでしまっていた。
彼は疲れていたし、あたしは赤ちゃんからの不平不満で精一杯。
だが、両手で足りる量ではあるが、何度か目撃証言の電話が鳴っていた。
その度跳ね上がるほど心が躍ったのだけれど、
その約7割が、「張り紙を見て心配している、一言がんばれといいたかったのだ」という、とても優しいけれど、なんだか少し悲しい電話だった。
そんな日々が続く。
やがて、協力してくれていた住人にも、むしろあたし達にすら、
「もう、生きてはいないだろう」という空気が濃厚に流れ始める。
炎天下の中、張り紙をし、聞き込みをするのだけれど、
自分は今一体何をしているのか、わからなくなる時があった。
夜中に、名前を呼び歩き回っている時、眩暈がひどくて何度も倒れそうになった。
ああ、どうしよう、あかちゃんが怒ってる。
そんなある日、夜中12時を回った頃だった。
疲れきっていた彼も、赤ちゃんからの不満に耐えるあたしも、
何も言葉を交わさず、悲鳴を上げ続けたプリンターですら、しばしの休息を取っていた。
そんな静かな夜、電話が唐突に鳴り響く。
彼が慌てて出ると、彼の声のテンションが上がる。
どうも電話の主は高級住宅街の住人で、彼が手渡しでチラシを渡した一人だった様だ。
彼の声の調子で、あたしまでどきどきしてしまう。
だが内容は、あたしが思うよりも漠然としたものだった。
「ここ数日、聞きなれない猫の声が、夜中する時がある。そして今、猫の声がする」
確証は全く無かったが、あたし達は着の身着のままで飛び出した。
あの子が大好きだったおもちゃと、大好きだったご飯と、いろんなものを詰め込んで、飛び出した。
だが、電話を下さったお宅に付いた頃には、猫の声はどこからもしなかった。
「あれ、さっきまでは声がしたんだけれど・・・このね、中庭のあたりで・・」
そんな言葉を聴きながら、あたし達は失望にくれながら猫の名を呼び続ける。
そんなあたし達を見て、男性はこういった。
「まぁ、おあがりなさい」
こんな夜中に、得体の知れない若者二人を、何の躊躇もせず初老の男性はにっこりと誘う。
あたし達は申し訳なくてかなり戸惑うのだけれど、
「待っていれば、また来るかもしれないから」という男性の言葉に背中を押してもらい、
恐縮しながら自宅に上がらせてもらった。
高級住宅街らしい家だった。
どうも、一人暮らしのようではあったけれど。
ゴルフの練習専用の大きな離れがあって、そこから中庭が一望できる。
優しい男性はそこに椅子とテーブルをおいてくれて、
「ここで、待ってれば、来てくれるかもしれないね」
と優しく言ってくれた。
猫が来るまで居てくれていいと言ってくれたけれど、
申し訳ないので、一時間半だけ、一時間半だけ待たせてもらうと約束してあたしは待った。
彼氏は、「まだ付近に居るかもしれないから」と外を探し回っていた。
あたしは、折角の好意を無駄にすることにはなったけれど、
椅子やテーブルは使わず、
中庭に出て、あの子が好きだったご飯と、おもちゃを両手に持って、
ずーっと座り込んで名前を呼んだ。
優しく、小さい声で、ずーっと、名前を呼んでいた。
残念だけれど、時間は経過する。
一時間が経ち、残り20分しかなくなってしまった。
名前を呼ぶ。ままだよー ままだよー
経過する。
約束の時間まで10分しかない。
地べたにすわりこんでいるあたしは、意味無く泣きながら名前を呼んでいた。
こわくないよー ままだよー ままだよー ままだよー
誰も、答えないのは分かっていたけど、
この一時間半、ずっと誰かに話しかけていた。
こわくないよー ままだよー ままだよー ままだよー・・
その時だった。
中庭にとめてある男性の車の下に動くものが見えた。
心臓が跳ね上がる。
名前を呼ぶ。ままだよ!ままだよ!と話しかける。
だが、返事は残念なものだった。
「ビャー」
だみ声の、聞いたこともない、
とてもうちの子とは思えない猫の泣き声が聞こえた。
失望した。
猫は、居た。
でも、うちの子では、多分無いだろう。
それでもあたしは、失望しながらも、野良だと思われるその子に、
ねこちゃーん、ねこちゃん・・・こんばんはー、と、
ぼんやりと話しかけていた。
すると、だみ声の猫は、更にだみ声で、「ビャー」と鳴き返した。
「こんばんわー」 『ビャー』
そんな事が5分近く続いただろうか。
車の下でビャーとしか鳴かなかっただみ声の黒い影が、
唐突に、ゆっくりと、ゆっくりと、
こちらに近づいて来たのを感じた。
あたしは少し怖かった。辺りは真っ暗だ。
困惑したし、意図がわからなかったから、少しおびえた。
黒い影は更に近寄ってきた。
かまれても、引っかかれても仕方が無い、という気持ちで息を止めた。
暗がりから黒い影が近づく。徐々に、輪郭が見えてくる。
尻尾が立っていた。まるでうちの子みたい。
ふわふわしていた。まるでうちの子みたい。
そしてあたしの鼻先に、鼻先を押し当ててきた。
野良ねこ特有のにおいと、
ノルウェージャンフォレストキャット特有の緑の大きな目が見えた。
その日、不動産会社社長とのアポの日、
体調はすこぶる悪くて、とてもつらかったのを覚えている。
眩暈がひどくて、熱が下がらない。
お腹がずきずきと痛んで、
不甲斐ないママに赤ちゃんが不平を言っていた。
あたしは生まれつき、子宮の右半分が潰れている。
おまけに子宮内膜症だったみたいで
子供の頃から生理痛の度に脂汗を浮かべ、
部屋中を転がったものだった。
だが、その原因を知ったのは今から四年前、丁度20の頃だ。
「子宮が潰れている。内膜症。臓器同士の癒着も始まっている。」
子宮全摘を勧められる。
「子供が欲しい」と思ったことすら無かったガキのあたしが、
生まれて初めて「子供が欲しかった」と泣いた夜だった。
様はこういうことらしい。
四角い箱に入れられたメロンは、真四角に育つそうだ。
潰れた子宮に居る赤ちゃんは、流れるか、奇形の可能性が高い。
あたしは、四角いメロンを愛せるだろうか。
答えは、NOだった。
だからあたしは子供を諦め、代わりに彼女を、猫を飼った。
ところが神様はいじわるだった。
出来ない出来ないと言われていた赤ちゃんが宿ったその日、
子供のように育てた彼女が消えてしまった。
だが赤ちゃんも育っている。
こんな事ばかりしていられなかった。
早急に、落ち着かなければいけなかった。
そんな事を考えながら、心を落ち着かせ、不動産管理会社へ入った。
だが不動産会社の対応は目に余るものだった。
言われた言葉だけ羅列すると
「犬畜生ふぜいごときが!」
「窓から投げ捨てられなかっただけましだ!」
「蹴られたって文句はない!」
「ゴミ袋に入れて、捨てた!」
「廊下に出した時点で野良猫だ!こっちが何をしようと関係ない!!」
あまりにのらりくらりと交わす社長に頭にきてしまって、
感情的に「動物を遺棄する事は法律に違反する」
と不必要な脅しをかけてしまったのが、
彼が言葉を荒げた理由だろうとは想像が付くが、
それまで一度も言葉を荒げなかったあたしが狂うには十分だった。
もう、後は何を言われたのか、あまり覚えていない。
何度も言うが、廊下に出した事は、かつて一度も無い。
部屋の中でだけ、大切に育てていた。
それをまるで、
マンションの廊下中を自由に放して居た様な言い方をされ、
挙句そんな事をするなら飼い主もなんでもないんだから、
文句を言う権利すら無いとまで言われた。
何もしていないのに。
何も、何もしていないのに!!!!!
あたしは社長を罵った。
生まれて初めて、他人を、大声で、罵ってしまった。
「犬畜生・・?!窓から捨てても・・?!
そんな、そんな言葉を使う必要が、
今、ここで、『家族を探しにきているといっている』あたし達に、
今ここで、そんな言葉を使う必要が、あるんですか?!」
その後は覚えてない。同じ空気を吸うのも嫌になったあたしは、
不動産管理会社を飛び出して一人で家に帰ったんだと思う。
彼氏は狼狽していたが、話し合う為に残ってもらった。
皮肉な話だ。彼が冷静さを失うのを防ぐためについていったのに、
誰より冷静になれなかったのはあたしだった。
だが、家についてすぐ、あたしは激痛に襲われる。
あかちゃんが怒っていた。
動けない。脂汗が噴出し、目が開かない。
赤ちゃんが、怒っている。
あたしは、命の選択をしているのだろうか。
体調はすこぶる悪くて、とてもつらかったのを覚えている。
眩暈がひどくて、熱が下がらない。
お腹がずきずきと痛んで、
不甲斐ないママに赤ちゃんが不平を言っていた。
あたしは生まれつき、子宮の右半分が潰れている。
おまけに子宮内膜症だったみたいで
子供の頃から生理痛の度に脂汗を浮かべ、
部屋中を転がったものだった。
だが、その原因を知ったのは今から四年前、丁度20の頃だ。
「子宮が潰れている。内膜症。臓器同士の癒着も始まっている。」
子宮全摘を勧められる。
「子供が欲しい」と思ったことすら無かったガキのあたしが、
生まれて初めて「子供が欲しかった」と泣いた夜だった。
様はこういうことらしい。
四角い箱に入れられたメロンは、真四角に育つそうだ。
潰れた子宮に居る赤ちゃんは、流れるか、奇形の可能性が高い。
あたしは、四角いメロンを愛せるだろうか。
答えは、NOだった。
だからあたしは子供を諦め、代わりに彼女を、猫を飼った。
ところが神様はいじわるだった。
出来ない出来ないと言われていた赤ちゃんが宿ったその日、
子供のように育てた彼女が消えてしまった。
だが赤ちゃんも育っている。
こんな事ばかりしていられなかった。
早急に、落ち着かなければいけなかった。
そんな事を考えながら、心を落ち着かせ、不動産管理会社へ入った。
だが不動産会社の対応は目に余るものだった。
言われた言葉だけ羅列すると
「犬畜生ふぜいごときが!」
「窓から投げ捨てられなかっただけましだ!」
「蹴られたって文句はない!」
「ゴミ袋に入れて、捨てた!」
「廊下に出した時点で野良猫だ!こっちが何をしようと関係ない!!」
あまりにのらりくらりと交わす社長に頭にきてしまって、
感情的に「動物を遺棄する事は法律に違反する」
と不必要な脅しをかけてしまったのが、
彼が言葉を荒げた理由だろうとは想像が付くが、
それまで一度も言葉を荒げなかったあたしが狂うには十分だった。
もう、後は何を言われたのか、あまり覚えていない。
何度も言うが、廊下に出した事は、かつて一度も無い。
部屋の中でだけ、大切に育てていた。
それをまるで、
マンションの廊下中を自由に放して居た様な言い方をされ、
挙句そんな事をするなら飼い主もなんでもないんだから、
文句を言う権利すら無いとまで言われた。
何もしていないのに。
何も、何もしていないのに!!!!!
あたしは社長を罵った。
生まれて初めて、他人を、大声で、罵ってしまった。
「犬畜生・・?!窓から捨てても・・?!
そんな、そんな言葉を使う必要が、
今、ここで、『家族を探しにきているといっている』あたし達に、
今ここで、そんな言葉を使う必要が、あるんですか?!」
その後は覚えてない。同じ空気を吸うのも嫌になったあたしは、
不動産管理会社を飛び出して一人で家に帰ったんだと思う。
彼氏は狼狽していたが、話し合う為に残ってもらった。
皮肉な話だ。彼が冷静さを失うのを防ぐためについていったのに、
誰より冷静になれなかったのはあたしだった。
だが、家についてすぐ、あたしは激痛に襲われる。
あかちゃんが怒っていた。
動けない。脂汗が噴出し、目が開かない。
赤ちゃんが、怒っている。
あたしは、命の選択をしているのだろうか。
忘れもしない。
2006年7月3日。
あたしは心底動揺していた。
そして病院で告げられた。
「妊娠していますね。5週目です。どうします? 生みますか?」
彼は、小さな小さな生き物が写りこんだらしい、黒い紙を見せ続ける。
「一週間で決めてください。生むのならば準備にかかります。
そうでないのであれば、手術日を決めなければいけません。」
呆然としながら帰ったら猫が居なかった。
あたしの、あたしの大切な家族の猫が、どこにも居なかった。
どうやら心底動揺していた朝のあたしの隙をついて、冒険に出たらしい。
妊娠したせいで眩暈がひどい。熱もひかない。
彼と探す。探す。探す。
周辺に張り紙を張り、聞き込みまわる。
同ビルで猫を飼っている人や、犬を飼っている人等、
住人の何人かが協力してくれる。
目撃証言の電話が入る。
二人で飛び出したが、小学生のほんのいたずらの嘘だったらしく、
かなり探し回ってから嘘だと発覚。
腹が立つわけでもなんでもなく、ただただ、かなしかった。
毎晩、家に帰る度、彼女の気配がどこにも無いことを痛感する。
名前を呼んだって出てこないし、迎えにも来ない。
そうこうしているうちに日数は経つ。
朝から夜中まで走り回っているのに見つからない。
家に帰る度に泣き叫ぶ日々。
普段あれだけ困っていた、服につく猫の毛が減っていく。
あの子の気配が、消えていく。
不動産会社に問い合わせる。
「知らない」といわれる。
ところが住人の何人かが
「不動産会社の人が猫を袋に詰めていたのを見た」と証言。
「見たという人が居る」と不動産会社を問い詰める。
今度は
「猫は確かに見たがすぐに離した。野良猫だと思ったし、どこかに走っていった」といわれる。
先に言っておくが、うちのマンションはペット可だ。
管理会社は、それが野良猫なのか家猫なのかの区別もせず捨てる事はできないはずだと思っていた。
おまけにうちに猫には爪キャップがしてある。
ノルウェージャンフォレストキャットなので日本猫よりはかなり大きい。
本当に野良猫だとおもったのだろうか。
廊下に出したこともない猫なのに。
なにより、「すぐに逃げ去った」はずはない。
あの子は外に出た事が無い。
臆病なのに、いきなり走り始められるはずがない。
少なくとも、
「尻尾を伏せて、においをかいで、座り込んで、ゆっくりゆっくり動いた」ならありえるけれど。
事実、どちらの方向に逃げたかを聞くと曖昧だった。
だが協力してくれている住人がいくら問い詰めても、
それ以上は知らないと突っぱねられる。
仕方が無いので半信半疑だが、それ以上情報が無いので探し回る。
張り紙はこの時点で300枚を超える。
見つからない。泣き叫ぶ。
狂ったあたしは夜中部屋で張り紙をしだす。
部屋の中の至る所に張り紙をした。泣きながら、
自分でも気持ち悪い話だけれど、何故か迷子の仔猫ちゃんを歌いながら、
狂ったあたしは朝まで張り紙をし続けた。
次の日の朝、狂ったあたしはビルのオーナーの事務所を一人で訪ねた。
泣きはらした目で、できる限り冷静に、
「猫を探している」と、「返してくれ」と屈辱の思いで頭を下げ、
情けなくも泣いて懇願した。
オーナーは不在で、事務員が居た。
彼女はこの件については全く知らなかったらしく、
狂ったあまりにあたしが不憫だったのか、
単に場を収める最善の術を心得ていたのかは知らないが、
「すみません、本当に何も知らないのです」と泣きながら頭を下げた。
その足で不動産管理会社を訪ねた。
あたしを見るなり、迷惑そうな顔をする社長を座らせ、
これまで何度も何度も聞いた同じ質問をぶつける。
「猫を探しています。そして、見つからないのです。」
決まった文句が返ってくる。
「知らないし、逃げた」
狂ったあたしは続ける。
「あたしにとって、彼女は家族だった。
あなたが、殺したのであれば、もうそれでいい。
そうであったとして、あなたを責めないと誓う。
だから、嘘をつくのだけはもう、やめてほしい。
あたしは、あたしの家族にあいたい。
せめて、死体だけでも、毛の一本でも返して欲しい。
最期のお別れを、ひとりぼっちにはしたくない。
もう一度だけ、きちんと聞いてください。
本当は、どこに、捨てたのですか?」
残念だけれど、社長は目をそらし、薄笑いを浮かべながら言った。
「知らないんですよ、ほんとに、はは」
あたしは失望しながら帰途についた。おなかがズキズキ痛む。
赤ちゃんが自己主張をしはじめる。
あたしは何をやっているんだろう。
これじゃどっちも守れない。
だが家についてすぐ朗報が入る。
どうも罪悪感に駆られた社長が本当の事を話したらしい。
電話が入ったとの事。
当初探していた所から数キロも離れたところに、
「ダンボールに入れて、ガムテープで止めて、道の真ん中に捨てた」
らしい。
ダンボールに入れて、ガムテープで止めて、道の真ん中に、捨てた。
頭の中がぐるぐるしたが、考えている暇はなかった。
家を飛び出し、向かう。
捨てた場所は高級住宅街の一角だった。
聞き込みをし、必死で張り紙をする。
不動産会社が捨ててから、本当のことを話すまで4日かかっている。
あたしは、どうも「多分助かりはしないだろう」と思っていたらしい。
公園の草むらで「死んでいる猫」を探している自分に気づいて自嘲した。
必死で探す。
おなかが とても痛い。
範囲が広すぎて見当が付かない。
この時点で張り紙は優に500枚を超えていた。
その足で戻り、もっと明確な場所について、
不動産会社を更に問い詰め様とするが、
事務員は淡々と、「今日は社長はもう戻らない」といった。
あたしは確実に狂っていた。そして、不必要な情報を勝手に吐いた。
「あたしは妊娠している。5週目だ。
だけれどもう一週間朝から夜中まで走り回っている。
このままではもう、あたしも、あの子も、この子も、もたない。
嘘はつかないで。たすけて。お願いです。助けてください」
驚いた事務員はあたしを座らせ、暖かいお茶を飲ませ、
泣きながら、猫よりもあなたの子供の方が大切だろうと説いてきた。
だがあたしは煮えくり返った。
おまえが言うな、という気持ちで、ただただ憎かった。
だが事務員は続ける。
「あの辺りはお金持ちが多い。かわいい子だったから、
きっともっといい家に拾われているかもしれないから」
よくも言えたものだ。あまりの無責任な発言に閉口する。
もう少し休んでいけと言う事務員を無視し、
社長にアポだけとって出た。
そしてまた、夜中まで探し回り、疲労で気を失う様に眠る日々。
約束の朝、アポの時間が迫る。
体調は7月に入ってから、すこぶる悪い。
頭痛と眩暈がひどくて、熱が下がらず、体は異常に重い。
重い体を起こすあたしの様子を見てか心配して
「一人でいこうか?」という彼に、
「あなたは男の人だから、喧嘩をしかねない。
それでは意味が無い。あたしも行く」と答えた。
不動産管理社長はその日、薄笑いを浮かべながら待っていた。
2006年7月3日。
あたしは心底動揺していた。
そして病院で告げられた。
「妊娠していますね。5週目です。どうします? 生みますか?」
彼は、小さな小さな生き物が写りこんだらしい、黒い紙を見せ続ける。
「一週間で決めてください。生むのならば準備にかかります。
そうでないのであれば、手術日を決めなければいけません。」
呆然としながら帰ったら猫が居なかった。
あたしの、あたしの大切な家族の猫が、どこにも居なかった。
どうやら心底動揺していた朝のあたしの隙をついて、冒険に出たらしい。
妊娠したせいで眩暈がひどい。熱もひかない。
彼と探す。探す。探す。
周辺に張り紙を張り、聞き込みまわる。
同ビルで猫を飼っている人や、犬を飼っている人等、
住人の何人かが協力してくれる。
目撃証言の電話が入る。
二人で飛び出したが、小学生のほんのいたずらの嘘だったらしく、
かなり探し回ってから嘘だと発覚。
腹が立つわけでもなんでもなく、ただただ、かなしかった。
毎晩、家に帰る度、彼女の気配がどこにも無いことを痛感する。
名前を呼んだって出てこないし、迎えにも来ない。
そうこうしているうちに日数は経つ。
朝から夜中まで走り回っているのに見つからない。
家に帰る度に泣き叫ぶ日々。
普段あれだけ困っていた、服につく猫の毛が減っていく。
あの子の気配が、消えていく。
不動産会社に問い合わせる。
「知らない」といわれる。
ところが住人の何人かが
「不動産会社の人が猫を袋に詰めていたのを見た」と証言。
「見たという人が居る」と不動産会社を問い詰める。
今度は
「猫は確かに見たがすぐに離した。野良猫だと思ったし、どこかに走っていった」といわれる。
先に言っておくが、うちのマンションはペット可だ。
管理会社は、それが野良猫なのか家猫なのかの区別もせず捨てる事はできないはずだと思っていた。
おまけにうちに猫には爪キャップがしてある。
ノルウェージャンフォレストキャットなので日本猫よりはかなり大きい。
本当に野良猫だとおもったのだろうか。
廊下に出したこともない猫なのに。
なにより、「すぐに逃げ去った」はずはない。
あの子は外に出た事が無い。
臆病なのに、いきなり走り始められるはずがない。
少なくとも、
「尻尾を伏せて、においをかいで、座り込んで、ゆっくりゆっくり動いた」ならありえるけれど。
事実、どちらの方向に逃げたかを聞くと曖昧だった。
だが協力してくれている住人がいくら問い詰めても、
それ以上は知らないと突っぱねられる。
仕方が無いので半信半疑だが、それ以上情報が無いので探し回る。
張り紙はこの時点で300枚を超える。
見つからない。泣き叫ぶ。
狂ったあたしは夜中部屋で張り紙をしだす。
部屋の中の至る所に張り紙をした。泣きながら、
自分でも気持ち悪い話だけれど、何故か迷子の仔猫ちゃんを歌いながら、
狂ったあたしは朝まで張り紙をし続けた。
次の日の朝、狂ったあたしはビルのオーナーの事務所を一人で訪ねた。
泣きはらした目で、できる限り冷静に、
「猫を探している」と、「返してくれ」と屈辱の思いで頭を下げ、
情けなくも泣いて懇願した。
オーナーは不在で、事務員が居た。
彼女はこの件については全く知らなかったらしく、
狂ったあまりにあたしが不憫だったのか、
単に場を収める最善の術を心得ていたのかは知らないが、
「すみません、本当に何も知らないのです」と泣きながら頭を下げた。
その足で不動産管理会社を訪ねた。
あたしを見るなり、迷惑そうな顔をする社長を座らせ、
これまで何度も何度も聞いた同じ質問をぶつける。
「猫を探しています。そして、見つからないのです。」
決まった文句が返ってくる。
「知らないし、逃げた」
狂ったあたしは続ける。
「あたしにとって、彼女は家族だった。
あなたが、殺したのであれば、もうそれでいい。
そうであったとして、あなたを責めないと誓う。
だから、嘘をつくのだけはもう、やめてほしい。
あたしは、あたしの家族にあいたい。
せめて、死体だけでも、毛の一本でも返して欲しい。
最期のお別れを、ひとりぼっちにはしたくない。
もう一度だけ、きちんと聞いてください。
本当は、どこに、捨てたのですか?」
残念だけれど、社長は目をそらし、薄笑いを浮かべながら言った。
「知らないんですよ、ほんとに、はは」
あたしは失望しながら帰途についた。おなかがズキズキ痛む。
赤ちゃんが自己主張をしはじめる。
あたしは何をやっているんだろう。
これじゃどっちも守れない。
だが家についてすぐ朗報が入る。
どうも罪悪感に駆られた社長が本当の事を話したらしい。
電話が入ったとの事。
当初探していた所から数キロも離れたところに、
「ダンボールに入れて、ガムテープで止めて、道の真ん中に捨てた」
らしい。
ダンボールに入れて、ガムテープで止めて、道の真ん中に、捨てた。
頭の中がぐるぐるしたが、考えている暇はなかった。
家を飛び出し、向かう。
捨てた場所は高級住宅街の一角だった。
聞き込みをし、必死で張り紙をする。
不動産会社が捨ててから、本当のことを話すまで4日かかっている。
あたしは、どうも「多分助かりはしないだろう」と思っていたらしい。
公園の草むらで「死んでいる猫」を探している自分に気づいて自嘲した。
必死で探す。
おなかが とても痛い。
範囲が広すぎて見当が付かない。
この時点で張り紙は優に500枚を超えていた。
その足で戻り、もっと明確な場所について、
不動産会社を更に問い詰め様とするが、
事務員は淡々と、「今日は社長はもう戻らない」といった。
あたしは確実に狂っていた。そして、不必要な情報を勝手に吐いた。
「あたしは妊娠している。5週目だ。
だけれどもう一週間朝から夜中まで走り回っている。
このままではもう、あたしも、あの子も、この子も、もたない。
嘘はつかないで。たすけて。お願いです。助けてください」
驚いた事務員はあたしを座らせ、暖かいお茶を飲ませ、
泣きながら、猫よりもあなたの子供の方が大切だろうと説いてきた。
だがあたしは煮えくり返った。
おまえが言うな、という気持ちで、ただただ憎かった。
だが事務員は続ける。
「あの辺りはお金持ちが多い。かわいい子だったから、
きっともっといい家に拾われているかもしれないから」
よくも言えたものだ。あまりの無責任な発言に閉口する。
もう少し休んでいけと言う事務員を無視し、
社長にアポだけとって出た。
そしてまた、夜中まで探し回り、疲労で気を失う様に眠る日々。
約束の朝、アポの時間が迫る。
体調は7月に入ってから、すこぶる悪い。
頭痛と眩暈がひどくて、熱が下がらず、体は異常に重い。
重い体を起こすあたしの様子を見てか心配して
「一人でいこうか?」という彼に、
「あなたは男の人だから、喧嘩をしかねない。
それでは意味が無い。あたしも行く」と答えた。
不動産管理社長はその日、薄笑いを浮かべながら待っていた。
驚いた事がいくつかある。
大きな大きなたんこぶ(これでも相当マシになったらしい)
まったく送った覚えの無い業務メール(意外と中身はしっかり)
親と電話で話したらしいが薬のせいかしゃっくり交じりで全く会話にならなかったとの事。
その日あたしは黒のランジェリーキャミに黒のロングスカート。首には深紅の牛皮の、腰まであるチョーカーををまいていたはずだけど何故かブラもパンティもつけず着衣のまま冷たいシャワーを浴びベッドに横になってた。
そして最大がこれ。
「きょうが何日で、あなたとけんかしたのがいつなのかもわすれたけど
薬胃っぽい飲んだらぐるぐるして げんかい たけて」
という誤字脱字満載な情けないメールがメールボックスにあった。
助けを求めたらしい。
全く覚えてない。
1 しょーもない喧嘩をした。あたしを認めて欲しい、寂しいといった事 を覚えてる。
2 彼はそれを理解しなかった。拳を震わせ出て行ってしまった。
3 あたしはぼんやり見送り猫を抱いた。
頓服のレキソタン5m錠を二錠一気に飲み
馬鹿になったあたしは残りのレキソタンを全て飲み干した。
4 飢餓感に襲われ家にある安定剤を全て飲みつづけた。
5 トレドミンには手を出さなかった。SNRIでは簡単に死ねないし気分が 悪くなるので嫌いだった。
6 うちにある精神安定剤は穏やかなものが多い。デパスやレキソタンや リタリンは素敵だけど眠くなってしまってもったいない。
7 ワイパックスを全て飲み干し、セディール等の穏やかな薬が半分胃の 中に消えた頃記憶が飛ぶ
おそらく助けて欲しいとおろかにも懇願したのはこの頃なのだろう。
8 まっしろ。 おぼえていない。物音。 すごくすごく寒かった。
9 足がいっぱいある夢をみた。
誰かに頬を叩かれ少し憤慨したが顔を近づけられた雰囲気があり、
何故かステキングだと思い気をよくした。
10 体がふわふわとする。硬いものに乗せられぐるぐるとまわる。
11 狭い中で誰かが何かを言うのだけれど目が開かない。
12 誰かがあたしの右手を握る。握り返したがゴムの感触。
彼ではないみたい。
13 意識レベル2から3という怒鳴り声が聞こえる。
14 どうも受け入れ拒否されている様だ。みんな困ってる。
15 もうここで降りてもいいのに、と言いかけるが手も動かず口すら開か ない。
16 どこかについた。何か色々された。覚えてない。彼が居ない。
17 おもむろにでかいチューブを入れられた。鼻の奥と口の奥が痛い。
18 鼻水と涙とよだれで死にそうになる。あ、生きてる生きてるあたし。
19 チューブが完全に挿入される直前に自然嘔吐。
「吐けるだけ吐いちゃおう」と聞こえる
20 そんな勝手な、と思いながらも、
過食嘔吐経験が生きているのかおもしろい程出る出る。
茶色い液体の中で、真っ白の錠剤が大量に出て、カコンカコンとバケ ツにぶつかる様子がなぜかおもしろくって、おもしろくって、少し心 の中で笑ってしまった。
21 汚物を吐き出し続けるあたしに、若い医師が
「髪汚れちゃったね、後で拭こう」と言ってくれる。
そんな事気づかなかった。うれしかった。
22 また記憶が飛ぶ。ベッドの背もたれが立ち上がり座らされる。
看護婦の声が聞こえる。「まだ処置中なので中には・・」
23 気が付けば左手甲と右腕に点滴。左手甲の点滴がうまくいっていない らしく苦戦しているようだ。
違う医師が来て何か直していった。若い医師が「さすが」と言った。
24 若い医師がちらちらとあたしを見ながら言った。
「何があったのかは、僕らにはわからないかもしれないけど・・」
後は聞こえなかった。
あたしは「たんこぶができて、痛い」とだけ言った。
25 そうこうしているうちに帰る事になったようだ。
あたしは裸足なのでぺたぺた歩く。
一人では歩けないので何人もの医師にささえられて歩いた。
ささえる輪の中に入らず彼が遠巻きに
「シンデレラみたいだな」と言った。
あたしが言うのもなんだけど、それは場違いな発言だ。
謝りなさい、みなさんに、と心の中で言っておいた。
26 タクシーが来た。 敬語のできない運転手に異常にむかついた。
怒鳴りそうになったがあたしは大人だ。紙とペンで勝負だ。
だが肝心のペンが無い。いくら探しても無い。
広告の紙をちぎって「くそ」と切り抜き広告入れに戻しておいた。
読めただろうか。
27 家についた。あんまり覚えていない。
髪と服が消毒液臭い。
優しい言葉をくれた医師は、あたしへの優しい言葉を違える事なく、
きちんと拭いてくれた様だ。
28 シャワーからあがると、彼がリビングでTVを見ていた。
無性に腹が立ち、彼を引き倒し、首を絞めて、
壁に押し付けたが力が入らなかったので、
爪を思い切り立ててやった。
29 爪を立てられた彼はさすがに苦しそうな顔をしていたけれど、
あたしを怒鳴ることも押しのけることもなかった。
ただ、悲しい顔をして、ただただ狂ったあたしを見ていた。
30 あたしは情けなくなって泣きながら、
「あたしを認めろ!!!認めろ!!!認めてよ!!」と叫んだ後、
「あたしが死ねば、
あたしさえ死ねばあたしの存在をみとめてくれる?」と
尋ねた後記憶が飛んだ。
大きな大きなたんこぶ(これでも相当マシになったらしい)
まったく送った覚えの無い業務メール(意外と中身はしっかり)
親と電話で話したらしいが薬のせいかしゃっくり交じりで全く会話にならなかったとの事。
その日あたしは黒のランジェリーキャミに黒のロングスカート。首には深紅の牛皮の、腰まであるチョーカーををまいていたはずだけど何故かブラもパンティもつけず着衣のまま冷たいシャワーを浴びベッドに横になってた。
そして最大がこれ。
「きょうが何日で、あなたとけんかしたのがいつなのかもわすれたけど
薬胃っぽい飲んだらぐるぐるして げんかい たけて」
という誤字脱字満載な情けないメールがメールボックスにあった。
助けを求めたらしい。
全く覚えてない。
1 しょーもない喧嘩をした。あたしを認めて欲しい、寂しいといった事 を覚えてる。
2 彼はそれを理解しなかった。拳を震わせ出て行ってしまった。
3 あたしはぼんやり見送り猫を抱いた。
頓服のレキソタン5m錠を二錠一気に飲み
馬鹿になったあたしは残りのレキソタンを全て飲み干した。
4 飢餓感に襲われ家にある安定剤を全て飲みつづけた。
5 トレドミンには手を出さなかった。SNRIでは簡単に死ねないし気分が 悪くなるので嫌いだった。
6 うちにある精神安定剤は穏やかなものが多い。デパスやレキソタンや リタリンは素敵だけど眠くなってしまってもったいない。
7 ワイパックスを全て飲み干し、セディール等の穏やかな薬が半分胃の 中に消えた頃記憶が飛ぶ
おそらく助けて欲しいとおろかにも懇願したのはこの頃なのだろう。
8 まっしろ。 おぼえていない。物音。 すごくすごく寒かった。
9 足がいっぱいある夢をみた。
誰かに頬を叩かれ少し憤慨したが顔を近づけられた雰囲気があり、
何故かステキングだと思い気をよくした。
10 体がふわふわとする。硬いものに乗せられぐるぐるとまわる。
11 狭い中で誰かが何かを言うのだけれど目が開かない。
12 誰かがあたしの右手を握る。握り返したがゴムの感触。
彼ではないみたい。
13 意識レベル2から3という怒鳴り声が聞こえる。
14 どうも受け入れ拒否されている様だ。みんな困ってる。
15 もうここで降りてもいいのに、と言いかけるが手も動かず口すら開か ない。
16 どこかについた。何か色々された。覚えてない。彼が居ない。
17 おもむろにでかいチューブを入れられた。鼻の奥と口の奥が痛い。
18 鼻水と涙とよだれで死にそうになる。あ、生きてる生きてるあたし。
19 チューブが完全に挿入される直前に自然嘔吐。
「吐けるだけ吐いちゃおう」と聞こえる
20 そんな勝手な、と思いながらも、
過食嘔吐経験が生きているのかおもしろい程出る出る。
茶色い液体の中で、真っ白の錠剤が大量に出て、カコンカコンとバケ ツにぶつかる様子がなぜかおもしろくって、おもしろくって、少し心 の中で笑ってしまった。
21 汚物を吐き出し続けるあたしに、若い医師が
「髪汚れちゃったね、後で拭こう」と言ってくれる。
そんな事気づかなかった。うれしかった。
22 また記憶が飛ぶ。ベッドの背もたれが立ち上がり座らされる。
看護婦の声が聞こえる。「まだ処置中なので中には・・」
23 気が付けば左手甲と右腕に点滴。左手甲の点滴がうまくいっていない らしく苦戦しているようだ。
違う医師が来て何か直していった。若い医師が「さすが」と言った。
24 若い医師がちらちらとあたしを見ながら言った。
「何があったのかは、僕らにはわからないかもしれないけど・・」
後は聞こえなかった。
あたしは「たんこぶができて、痛い」とだけ言った。
25 そうこうしているうちに帰る事になったようだ。
あたしは裸足なのでぺたぺた歩く。
一人では歩けないので何人もの医師にささえられて歩いた。
ささえる輪の中に入らず彼が遠巻きに
「シンデレラみたいだな」と言った。
あたしが言うのもなんだけど、それは場違いな発言だ。
謝りなさい、みなさんに、と心の中で言っておいた。
26 タクシーが来た。 敬語のできない運転手に異常にむかついた。
怒鳴りそうになったがあたしは大人だ。紙とペンで勝負だ。
だが肝心のペンが無い。いくら探しても無い。
広告の紙をちぎって「くそ」と切り抜き広告入れに戻しておいた。
読めただろうか。
27 家についた。あんまり覚えていない。
髪と服が消毒液臭い。
優しい言葉をくれた医師は、あたしへの優しい言葉を違える事なく、
きちんと拭いてくれた様だ。
28 シャワーからあがると、彼がリビングでTVを見ていた。
無性に腹が立ち、彼を引き倒し、首を絞めて、
壁に押し付けたが力が入らなかったので、
爪を思い切り立ててやった。
29 爪を立てられた彼はさすがに苦しそうな顔をしていたけれど、
あたしを怒鳴ることも押しのけることもなかった。
ただ、悲しい顔をして、ただただ狂ったあたしを見ていた。
30 あたしは情けなくなって泣きながら、
「あたしを認めろ!!!認めろ!!!認めてよ!!」と叫んだ後、
「あたしが死ねば、
あたしさえ死ねばあたしの存在をみとめてくれる?」と
尋ねた後記憶が飛んだ。