忍者ブログ
“Day by day, in every way, I’m getting better and better.” 「日々に、あらゆる面で、 私は益々よくなってゆく」 クーエの有名な暗示文です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

あたしはとても忘れっぽい。
忘れっぽくなってしまった、というより、全ての出来事に現実感がなく、昨日あった事なのか、それとも一週間前だったのか、数ヶ月前だったのか、それともそんな事自体元々存在しなくて、夢だったのか、それすら定かではなかった。人と会った記憶なんかはうっすらと、本当にうっすらと霧か何かの様に残るのだけれど、記憶の中の映像ではあたしは焦点が定まっていなくて、人事の様に自分を見ていて、本当にその場に居たのか、それすら定かではなかった。


あたしはかつて、あたしの頭の中の全てを盗聴されていると仮定して生きていた時期があった。
それはとても小さな子供の頃で、具体的に何歳だとか、何年生だとか、そういったことはもう覚えていないのだけれど、少なくとも、誰が見ても小さな子供だった。

あたしの頭の中での考えは全て何かの電波みたいに垂れ流されていて、誰か固定の人間というよりは、恐ろしく巨大で、寒気がするほど存在感を消せる団体に聴かれていると感じていて、そう感じている事を親にも兄弟にも言えなかった。
連中に悟られてはいけないと警戒していたのだ。

ただあたしは毎日、自分の中で、
「今現在、これを考えているあたしが居て、それを見ているあたしが居て、またそれを見ている私が居て」といった具合に、連中を惑わせる為に始めた意識の分断が、やがてミルフィーユの様に多層化していった。

それは全てが単調に動く簡単なコンピューターの様なもので、並列化されていたが、それぞれは別個に動いていた。
表層部分の頭の中ではあたしは子供らしく、無邪気で、わがままだった。そのひとつ内側ではそれを計算して子供らしく振舞っているあたしが居て、そのまたひとつ内側では計算している自分自身すらも結局計算で、といった具合に、蛇の抜け殻の様に連中を惑わせる為、あたしは全ての力を注いでいた。
あたしは疲弊していた。頭の中が忙しいので食事も食べるのを途中で忘れたし、人と会話していても常に多層化は進めなければいけないのでどこを見ているのか聞いているのか、何を考えているのかもわからないとよく言われたし、非常に疲れていた。
あたしが休めるのは眠りにつくか、意識が飛んだ時だけだった。

あたしは最近までそれを異常だと思った事はなくて、子供の頃なら誰でもやるひとつの遊びみたいなものだと思い込んできたのだけれど、
あたしがとても忘れっぽくなったと感じていたある日、シャワーを浴びていると奇妙な気分に襲われた。
気分が悪いとか寒いとか、怖いとか、眩暈がするだとか、そういった事とは対極にあるような感覚で、 黒い影だとか、そういった形の無いものに毎日怯えていたあたしは、それに触れて不思議と暖かいものに包まれたような、安心感を感じていた。
だがそれには甘ったるい腐敗臭の様な、堕落や怠惰や死といった臭いもしていて、ああ、これが諦めというものなのか、と感じた瞬間、とても怖くなった。
本能的にとにかくこの感覚はとてもまずいものだと思い、必死でその臭いを振り払おうとするのだけれど、あたしの頭は完全に停止していて、また高速で動いている様でもあった。
それはまるで、子供の頃の多層化の様で、あたしは頭の上から降ってくる暖かいシャワーの一粒一粒を意識できるスムーズさを感じながら、同時に体も脳味噌も鉛のように重かった。

ただ、その恐ろしく優しい諦めの臭いは強力で、そのままそれにどっぷりと浸かりたくなり、あたしはすんでの所で逃げ出した。
とにかく怖くて怖くて、あたしは自分を確認しなければと思っていて、体も拭かず部屋の中をうろうろとしていたのだけれど、ふと鏡に映った自分を見て一瞬誰なのだろうと思った。

あれは、あたしが生きてきて一番恐ろしい瞬間だった。
PR
最近、くろいものが、すぐ近くまできています。

足元まで来ていて、とても寒い。

体中に鳥肌が立って、ベッドで毛布に包まるのだけれど、

怖くて怖くて、仕方が無い。

この前医者に行った時、診察室まで彼に付き添ってもらった。
あたしが見えている幻覚や幻聴を訴えるのに対し、
彼は「まぁここ最近ほとんど薬もちゃんと飲んでないんですけどね」
といった。
昼だけ飲み忘れたり朝飲み忘れたりはあるけれど、
ちゃんと毎日飲んでるのにと思い、慌ててそれを伝える。

彼の話とあたしの話が少しずつ食い違い、あたしが修正する。
あたしと彼じゃ見え方も感じ方も違うのに、
まるであたしと同じものを感じているかのように話す彼に、
少し苛立ちすら感じた。

診察室を出際に、
「感情の起伏が激しくなってきたのは今の薬になってからだ」と彼に言われ、
処方はイソプロメンからレキソタンに戻された。
あたしは今の薬になっってからよく笑うようになったし、幸せだった。
なのにまたあの何も考えられないぼんやりした毎日に戻されるなんて!
これは酷くあたしを失望させた。

彼は勝手に処方にまで口を出したのだ。

なぜ?なぜ?と何度も聞いたけれど、待合室ではろくに話もできない。
あたしの狼狽振りを見て処方の見直しをお願いしようかとかれが尋ねてくるけれど、そんな事、薬名まで大声で言わないで欲しい、そればかり考えていた。

それに、よくよく考えれば
「おかしくなって、前の様に彼の首を絞めたりしたくない」
のが大前提なのだから、多少何も考えられなくなっても、
結局それが一番いいのだと納得した。
だから処方は変えずレキソタンを二週間分もらって帰った。

そして抑揚の無い二週間を過ごしている。

あたしは今幸せ?




今日は、関節がとても痛む。


あたしは最近、画を描いている。
黒と白だけの、画。

きっかけは路上で売っていたポスターへの一目ぼれだった。
あたしは彼に頼んでそれを数枚買ってもらい、
狂ったように各所を拡大コピーした。
潤inoueというアーティストのもので、どれも美しくて、完璧だ。
あたしにはこんな芸当とてもできないけれど、
少しずつ練習すれば、あたしにもこんな世界が見えるのだろうか。

そう思って、はじめた。
描いた画は、8枚。
書いては張って、描いては張って、きっと壁が埋まるまで続けるだろう。
あたしはそれが楽しくて仕方が無いのだけれど、
残念ながら、今日は関節がとても痛む。

キーボードですら重たくて、タイピングも痛くて、なんだか非常に悲しい。

最近とても不幸な気がしているのはきっと、
あたしだけではないのだろうけれど、

なんだかとっても、かなしい。


今のところ直す方法が無いらしい。
自己免疫が自分自身を敵だとみなし、攻撃する病気だそうだ。
関節は炎症を起こし、熱く腫れ上がり、痛みを伴い、次第に痛みに耐えかね、ぐったりとベットに横になる。
自身の自己免疫が関節と関節の間の液体を燃やし尽くしたら、関節の変形が始まり、
徐々に動かなくなっていき、寝たきりになる。といわれた。

あたしにはすでにほとんど握力がなくて、ペットボトルのふたすら開けられない。

ただ、あたしの場合ごく初期なので、関節の変形は始まっていない。
消炎さえきちんとできれば、家の中での日常生活に、多少の助けは要るけれど、さほど問題は無い。
あたしは鎮痛消炎剤をかかせないけれど、それで生きていける。
これはとても、とても幸せなことだ。

整形外科医は精密検査と本格的な治療を薦めたけれど、
あたしは治る見込みのない確立されていない治療に苦痛を強いられる位ならば、
消炎剤を飲み続けていてそれで動けるのだから、それでもういいと言った。
良い顔はされなかったけれど、あたしの決定が全てだ。

あたしはそれで納得したつもりだったけれど、気づいたらレキソタンを大量服薬していた。
それからの三日間全く記憶が無い。
なぜ飲んだのか、何故二度とやらないと誓った服薬をしたのか、
その理由が本当に、全くわからず、それがとても怖かった。
何よりその記憶の無い三日間、誰にも危害を加えることが無かった事に、心底安心した。

後日精神科医に薬をもらいに言った時に全てを告げた。
精神科医は
「きっとつらかったでしょう」と感情を交えず言った。
そして大量服薬をした記憶が無い事を、妄想がひどくなっている事を伝えると、
「どろどろしたものが見えているのでしょうね」とだけ言ったけれど、
あたしはとてもどきりとした。
あの人にはあたしと同じものが見えているのだろうか、
この白い人はあたしと同じなのだろうかと少しすがりそうになったのだけれど、
あたしの彼は、「おそらく見えていないのだろう、推測だろう」と言ったので、
あたしはひどく失望した。
現実的に考えればそうだ。でもあたしはすがってしまった。
もしかあたしは孤独なのだろうか。最近それすらわからない。

事実あたしは空間が歪んで見えたり人の顔が般若に見えたりするのだけれど、
それよりも言った覚えの無い言葉や行為の方が空恐ろしくて、
自分がどんどんわからなくなっていく。

そしてまた今回、不本意にも薬の大量服用をやらかしてしまった。
あたしがあたしじゃなくなっていく。

とても、怖い。
忍者ブログ [PR]
"俺。" WROTE ALL ARTICLES.
PRODUCED BY SHINOBI.JP @ SAMURAI FACTORY INC.