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“Day by day, in every way, I’m getting better and better.” 「日々に、あらゆる面で、 私は益々よくなってゆく」 クーエの有名な暗示文です。
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白い人曰、

あたしはどうも、強迫性障害でもあるらしい。

鍵をかけたかどうだか心配になって、

引きこもりの癖に何度も何度も確認してしまう。

『誰か入って来るんじゃないか』と
『そして刺されるんではないか』と考えて

怖くて怖くて仕方が無いのだ。

あたしがまだ小さい頃、一番上の兄がよく荒れていた。

彼も統合失調症で、郵便屋を刺客だ、監視にきていると言ったり、
夜中に大騒ぎしてこうもりが入ってきたと言ったり、
奇異な言動は多岐多様に渡るけれど、
車の鍵をなくしたと言って、
つるはしで車の方の鍵を壊してきた時には驚いた。
もちろんエンジンキーも無残に破壊されていた。
当たり前だけれど、あれではもう乗れない。
しかも、
どうして自分のスープラが動かなくなったのかわからないそうだ。

怖くて、変な人。

ある日までは、それがあたしの、兄への評価だった。



ある晴れた昼下がり、

敷地内に立てられたうちの工場の二階で、

仕事をしている母と一緒に居た。

何のきっかけがあったのかは知らないが、

いつもの様に、兄は狂っていた。

仕事をしていた母は、

いつもの様に、罵られ殴られ、蹴られていた。

母と一緒に居たあたしは

いつもの様に、声も出せず泣きながら震えていた。

いつもの様に、それは父が居ない時で、

いつもの様に、あたし達無力な女は泣いて逃げ惑うだけだった。

だがその日は少し違った。

母は、耐えられないと思ったのか、

父を呼びに一階へと続く階段へと一人で走っていってしまった。

後を追う兄が唯一の逃げ道を防ぐ事となり、

あたしはこの狂気を抱いた兄弟と、

陸地の孤島と化した二階に閉じ込められる形となった。



あたしは見捨てられた、一人だけ逃げたと強烈に感じ、

ただ呆然と、唯一の逃げ道を見ていた。



怖くて怖くて、本当に怖くて、声も出なかった。

だけれどやり場をなくした兄が、

叫びながら床の箱を力いっぱい蹴り飛ばす物音で、

糸が切れた様に声を上げて泣き出してしまった。

あたしは本能的にわかっていたから声を出さなかったのだ。

声を出せば、どうなるのか。


展開は、恐れていたとおりだった。

「うぉおおおお!!!泣くなぁああ!!うるすぁあああいぁ!!」と、

怒りのやり場を見つけた兄は、

奇声を発しながら私に向かって歩いてきた。

そしてあたしの、8歳のあたしの髪を掴み、

あたり中引きずり回した。

箱やら机やらにぶつけられて全身痛くて、

頭蓋骨から頭皮がはがれるんじゃないかと思う程

頭も痛かったけれど、どこか冷静なあたしも居て、

ただただ、とてもとても怖かった。

だが、どうもそれでは気がすまなかったのか、

兄は私の髪を掴んだまま一階へと続く急な階段へと引きずった。

逃げられる、と一瞬だけ思った。

それは間違いだと、すぐに気づくのだけれど。

あたしはそこで、髪を掴んだまま持ち上げられ、

足が床から離れたところで、急に髪は自由になった。

途端重力によって階段にしたたかに全身ぶつかり、転がる。

死ぬ、と思った。

瞬間、体が浮く。兄があたしを捕まえた。

助かった。と思った。

が、それは兄の吐き気のする程嫌悪感を抱く、

『思いつき』の始まりに過ぎなかった。


あたしは髪を掴まれ、引きずりあげられ、

また、あたしの髪は自由になった。

そうやって何度も何度も、あたしは階段から

落ちる、怖い、死ぬ、痛い、助かった、痛い、落ちるを繰り返された。

三段落ちては二段引きずり上げられる。

そしてまたあたしの足は床を離れ、髪は自由を得る。

瞬時に体全身に鋭い痛みと鈍い音が響く。

かと思えばまた頭に差し込むような痛みが走り、体が浮く。

そしてまた重力のまま落下する。

何度繰り返されたのか覚えていない。

これなら一思いに落としてくれたほうが

幾分かマシだと思ったのは覚えているけれど。

気が付いたらもう声も出ていなかったし、

父が憤怒の声を上げながら助けに入ってきたのを、

落ちながらうっすらと見た。

兄は父の勢いに負けたのか、

その瞬間あたしを投げ出し、逃げ出した。

あたしは父が兄を張り倒すのを見て目が覚めた様に泣き始め、

体中痛むのを忘れ家から飛び出した。

いつもの様に母に頼らず、家そのものから逃げ出し、

当時仲の良かった子の家に逃げ込んだのは、

きっと母すら信用なら無いと本気で思ったからだろう。

そこからあたしは兄を兄と思った事もないし、

兄に笑いかけた事も、つい先日まで話すらしていなかった。

その一件からあたしは、兄が狂うとただ泣くだけではなくなっていた。


ある日の夜、いつもの様に。

狂った兄は私達を探していた。

いつもの様に、父は不在で、

いつもの様に、母とあたしは逃げ惑っていて、

その日に限って、工場へと逃げ込んでしまった。

二階へとあがったけれど、袋のねずみだ。

兄がもし気づいてあがってきてしまったら、

今度こそ殺されるかもしれない。

二階から飛び降りて大丈夫かな、暗闇でそんな話を母とした。

あたしはまだしも母は助からないだろうなと思った。

あたしは静かに、

刃渡り30cmはある特別大きな裁断ハサミを持ち出し、

懐に忍ばせ、暗闇の中、母に言った。

「もしお兄ちゃんが上がってきたら、あたしが殺す」

あたしはその日から、兄が狂うと刃物を持ち出すようになった。

母はそんなあたしを咎めたけれど、

母だってあたしを見捨てたじゃないかと内心思っていた。

8歳の子が刃物を持って殺すなんて決意を抱く家で育ったあたしは、

きっとあの時から怖くて仕方ないのだ。

誰かがやってきて、あたしを殺すんじゃないかと。

一思いにはやらず、何度も苦しめるんじゃないかと。


そうして今日も、あたしは何度も何度も、鍵を確かめている。


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